2012年12月28日金曜日

PCセットアップに至る前後過程

うつ病が改善するという「ネバネバ食」

を見て早速、ビタミンB群+葉酸サプリメントを発注。鬱に効くものは何でも試します。低体温の人は鬱になりやすいとの統計があるそうですが、低体温は鬱に限らず全体的に抵抗力が弱い感じですね。
結果、かなり効いてます。例年でしたら、体の冷えからくる風邪なのか鬱の初期症状なのか分からない状態なのですが、今年は手足の指先が冷えてもそのような状態にはなりません。自分には合ってる感じです。

いつもなら欲しいPCを見ても奥さんの怒りを怖れ諦めてしまうのですが、今回は衝動的にポチッと押してしまいました。まぁ前のPCはそろそろ限界かなと感じてましたので、壊れる前に買って正解だったと思います。それ以前に体調の良さがそうさせたのでしょう。

で、セットアップして感じたことがDropbox、SugarSyncのオンラインストレージの同期にかかる時間の長さ。

たっぷり8時間かかりました(汗

同期型オンラインストレージは日常作業しているものに限定して、終わったものはNAVER NドライブかSkyDriveに置いといた方がいいな。
まぁ、PCを購入してセットアップするのは数年に一度なので、また忘れると思いますが整理整頓の情報整理が以下に大事か感じさせられました。


今回、購入した中古PCのOSはXPです。Windows7にしたかったのですが、

旧バージョンの対応 OS: InDesign

を見ると、手元にあるデモ版を安心して使うにはやはりXPになってしまうのです。
ところが、ところがですよ、奥さん。よりによってPCが届いた今日、InDesignerの悪あがきに選択セルをまとめるスクリプトがUPされてました。最後を読むと
(Windows8、InDesignCS3で動作確認しています。
使用される場合は、自己責任ってことでお願いします。)
対応表になくても Windows8環境でInDesignCS3が使えるんですね。

2012年12月27日木曜日

デザインの定義

カエサルの言葉に「人は自分の見たいものしか見ない」というのがあります。
で、いろんな本を読んでも記憶に残るのは結局、自分の見たいもの(探してるもの)がそこにあるかどうかなのです。

ブックオフにて105円コーナーで「100の悩みに100のデザイン」(南雲治嘉)に出会いました。

いや~いいですねぇ~、この本。自分がおぼろげに感じていたデザインという言葉をはっきりと定義されてます。以前からデザインはモニターに向かうことではなく、営業は顧客をデザインする。経営者は会社をデザインする。主婦は生活をデザインする。と考えてました。
まぁきっかけは師匠から「仕事をデザインしろ」と言われたのが15-6年前。その言葉に目が開かれ、以来デザイナーばかりがデザインするのではないと感じてました。


以下はいくつか抜粋

・デザインの本質は問題解決
・目的のないデザインはデザインではない
・デザインは価値をしっかり把握することから始まる
・デザインができないというのは優先順位のつけ方を知らない
・デザインは問題をシンプルにする
・デザインは確実な効果を手に入れるため複数の方法を考える
・勉強の過程はデザインの過程そのもの
 目的の設定→コンセプト→テーマの絞込み→情報収集→実施プラン→効果測定
・段取り、これこそがデザインそのもの
・デザインが成功するかどうかは、何よりもその準備にかかっている


とりわけ印象に残ったのがミス防止プログラミング
人の仕事の進め方には二通りあります。慎重タイプとおおざっぱタイプです。そして、これらはさらに、行き当たりばったりタイプと先を見越すタイプにそれぞれ分かれます。この中でいちばんミスが多いのは、おおざっぱで行き当たりばったりタイプの人です
典型的なO型のオレじゃねーかよぉ~(号泣

で、原因と解決法を見て納得しました。

派遣になってから異常なくらいミスが増えました。大手下請けの派遣は仕事が細かく分業され全体が見えません。やってますとDTPではなくライン作業という感じです。
ミスの原因はここにあったのです。
全体の流れを把握できていない。仕事の内容の大要が理解できていない。です。

解決法はイメージ力を身に付ける。
全体の流れをイメージする。次の工程をイメージする。仕事の終了をイメージする。です。

まぁライン作業的DTPに戻る気はありませんが、イメージ力が何においても大切だと感じさせてくれた一冊でした。お薦め、とにかく読め!と言い切っちゃいます。



2012年12月16日日曜日

今年一年を振り返って

ちと早いけど。。。まぁ総選挙の日だし。

当然のごとく自民圧勝の勢いですね。単独過半数を越えそうですね。
となるとやりたい放題の小泉政権時を思い出します。それでも民主党政権の悪夢の3年よりはよほどマシだっただけに、消去法の支持でしかないですね。
民主党には「第二の保守」ということで期待していたのですが、第二は二流の意味だった気づかされた3年間でした。。

仕事の方では、今年もDTP復帰を半分諦めつつもいくつか応募しました。
結果、書類選考に通ることが稀。時給1000円のアルバイトでさえ書類選考で落とされます。
ハローワークで行われた合同就職面接会でようやく面接にたどり着けました。
結果待ちが2社ありますが期待してません。DTPは趣味として続けていくことになりそうです。

去年の今頃は、冷凍倉庫のアルバイトから警備に復帰。警備会社は3月で契約先から切られ、給料未払い、再び就職活動の憂き目に遭いました。年末から年度始まりまで、そんなこんなでDTPの勉強会にも参加できませんでした。

まぁとにかく不景気ですわ。今年就職した高卒の次男も1月末になってようやく決まったぐらいでしたから。ホント一時はどうしようかと思いました。

DTPの方も同業者のblogをいくつか読む限り、景気のいい話は出てませんねぇ~w 
自分がいた時代よりも厳しくなってるだけに仮に復帰できたとしても付いていくのが難しいと感じざるを得ません。同じ時給1000円ならDTPよりも警備・GSの方がよほど楽なんですけどねw

教会の会計報告を見ました。大赤字です。
この状態が続けば教会存続の危機に立たされます。例年でしたらボーナス献金で穴埋めをするのですが、このご時世、ボーナスなど出ません。いやホント参りました。自分もできる限り献金するつもりなのですが、なんせ収入が収入なので限界があります。

今、ニュースで今回の選挙の投票率が最低を記録したそうな。
多くの人が棄権したということですが、今回は今までとは違う危険な棄権だと感じてます。

再来年は2014年。100年前は1914年、200年前は1814年。世界史的な出来事が起きた年でした。

それではよいお年を。

2012年12月10日月曜日

お勧め--はじめての正規表現講座

ようやく出席できました(^^;A
当初は「DTPの勉強会 特別編」を受講したのだから必要ね~と思ってました。
しか~し、やもさんの
はじめての正規表現講座参加してきました。お勧め。を読み、
こっ、これは参加してみる価値があるのでは? twitterでも評判は上々、他の方もblogで紹介されてます。受講した感想は「評判に偽りなし!」でした^^
まじお勧めです。積み重ね、積み重ねで丁寧に説明されてます。
と、ここまで書いて、このblogを読んでる人はほとんど受講したよなぁ~


以下は個人的メモ

[0-9]は0~9の数値にマッチするが、[〇-九]は漢数字〇~九にマッチしない。
理由は文字コード。文字コード上で連続していないから。
文字を扱う以上、文字コード表は必須。

メタ文字でキャプチャーとグルーピングの2つ使い方があるパーレン(括弧)

特にキャプチャー、これを理解できただけでも大きな収穫^^ 
初心者(自分)はいきなりゴールに達しようとし、それゆえ躓いてしまう。が、いきなりそこに行かず、段階を踏んで達する。その手順、考え方が理解できる。

例:01-2345-6789 を 01(23456789 に置換したい。

初心者は数値に挟まれたハイフンをいきなり全角括弧にと考える。それゆえ躓く。
順を踏んでパーツにバラし、数値、ハイフン、数値、ハイフン、数値を検索する。
数値は[0-9]+、ハイフンは-。
結果、[0-9]+-[0-9]+-[0-9]+でハイフン区切りの電話番号にマッチ。

|01|-|2345|-|6789|

コンピューターは灰色部分で区切って考えます。
で、区切られた数値部分をキャプチャー

([0-9]+)-([0-9]+)-([0-9]+で検索

区切り部分にパーレンを入れることで、括られた部分がキャプチャーされます。
左から順に\1、\2、\3

\1\2\3 で置換


鬼車

オジさん世代では「柔道一直線」で見た記憶が。。。高松英郎が演じてた車周作の異名だったんですね。極めて強力な正規表現エンジンだそうです。Jedit X2.32以降に搭載されてます。

\p{Han} ですべての漢字がマッチできる。
これはunicode上でアチコチに散らばっている漢字をマッチさせるに便利。


最後に
セミナーで使っていた正規表現アプリはイイ!

というのもコンピューターが考えるマッチした区切りが分かるから。
自分の使っているエディタだとこうはならない。ググって探してみたが見当たらなかった。
近いものがwebアプリのRegex Tester – RegexPal


講座『正規表現 次の一歩』は来年3月2日




2012年11月28日水曜日

ストレスが溜まる

風邪を引いて調子がいまいち状態が長く続いていたのですが、病院に行き薬をもらってから大分楽になりました。ようやくblogを書く元気も出てきました。

まぁ、とにかくここ2-3ヶ月はストレスが溜まりまくり。原因は分かっているのです。
収入の著しい低下もありますが、とにかく礼拝に出席できない。隔週でしか出席できない。
出れても仕事明け、そして礼拝後は直ちにGSのバイトに出かけるので教会員の方々との談笑もできない。礼拝中は睡眠補給に自然と入り、牧師が何を話したのか残っていない。
隔週で日曜の早朝から24時間勤務が続いてます。人がいないためです。
以下は愚痴の列挙、スルー推奨。


DTP復帰の求職活動

まったくダメ。面接にすらたどりつけない。自分がDTP復帰にこだわる最大の理由が日曜の礼拝出席。基本、日曜は休みですから。とはいえライン工のような流れ作業DTPはやりたくない。仕事全体が俯瞰できない作業はそれはそれでストレスが溜まるのです。派遣でそれをやっていたのでもう勘弁という思いがあります。贅沢なんでしょうね、自分。。。それでも復帰できた師匠が羨ましいです。

GSのバイト

いくら募集しても人が集まらなかったが、9月に入ってから突如、応募者殺到。入ってもすぐに辞める人が続出していた関係で全員採用。はい、ひとり当たりの労働時間は少なくなります。で、全員が少なくなればいいのですが、声のデカイ、わがままな人のみ時間は減らされませんでした。これもストレスのひとつの原因。

警備の仕事

欠員補充にも書いたのですが、お盆明けに一旦、通常勤務に戻ったのもつかの間、すぐに欠員が発生し、ひとり巡回が今日まで続いています。施錠点検巡回を息継ぎなしで4時間半、小走りで回ってます。要領を体得し、若干、短縮できたものの手抜きはできません。不思議と手抜きしたところが発覚するものです、何ででしょうね? で、このひとり巡回、やっているのは自分だけなのです。シフトの関係で自分の勤務の日のみひとり巡回なのです。周りが高齢者ばかりとはいえ、もう4ヶ月以上もこの状態が続いています。手当ても付かなくなりました。増員の話もありません。12月のシフトが配布されました。12月も自分のみひとり巡回です。流石に責任者に注文を付けました。結果、わずかだが手当てをつける、1月から解消されるとの話なのですが、どうなのでしょうか? 給与の少ないのは仕方ないにしてもGSのバイトのように不公平感が溜まってきます(はぁ~

DTPセミナー

今年は仕事のスケジュールと重なり、今日までただの一度も参加できませんでした。どんどん離れていく、浦島太郎になる~。。。アリ地獄の中でズルズルと砂に埋もれていく気分です。DTPの勉強会のDVDを数枚、購入したもののまだ見てません。というのもPCから音が出ないのです(涙
12/8に今年初めて文字の学校公開講座「はじめての正規表現」に参加します。なんとかこの状態から脱出できるきっかけにでもなれば。。。主に願うのみです。

教会関係

50周年記念誌の原稿がまだ。。。校正を出しても戻ってきません。来年は52周年になります。
家族の中で教会に通っているのは自分のみ。最後の砦だった娘も受験を理由に礼拝はサボリ気味。


まぁ今年は勤務先の警備会社が契約打ち切りで失業、給料未払いを皮切りに散々な年でしたw
ツイてないとは考えずにツキを溜め込んでると考えてます。来年はこの溜め込んだツキが堰を切って流れる。オレの時代がキタ~、時代がオレに追いついた。となるでしょうv(^^


2012年11月7日水曜日

matrixと逆三角関数

「他人様の褌で相撲を取る」を座右の銘として、DTP業界コバンザメとして棲息してきたものの、さすがに限界。ここ3年はスポイルされ警備が本業です。

やり残しのはじめの一歩」をDTPに必要な三角関数から入り、基礎から理解しようと挑戦をしたのですが、高校時代ろくに勉強をしなかった身としては投げ出さざるをえません。放置したままにするのもなんなので、ここまでのログ。

この件はあかねさんの「IllustratorでApplescript」にも書かれている

得られたmatrixは、わけわかめ。
{class:matrix, mvalue_a:0.707106649876, mvalue_b:-0.70710670948, mvalue_c:0.707106649876, mvalue_d:0.707106649876, mvalue_tx:316.75048828125, mvalue_ty:587.07666015625}
AppleScriptを使って、Illustratorに貼られた画像の拡大縮小率を得るにはで解決されたのだが、そこにはアフィン変換やらmatrixなどという難しい用語が登場する。

アフィン変換はアフィン変換 画像処理ソリューションが分かりやすい。

で、adobeのMatrixクラス - 変換行列でなんとなく理解できます。(あくまでも何となく)



a: 水平方向の伸縮率 = 変換後の幅/もとの幅
b: 垂直方向の傾斜率 = 垂直方向の傾斜/もとの幅
c: 水平方向の傾斜率 = 水平方向の傾斜/もとの高さ
d: 垂直方向の伸縮率 = 変換後の高さ/もとの高さ
tx: 水平方向の移動ピクセル数
ty: 垂直方向の移動ピクセル数



回転がかかった場合、アフィン変換 画像処理ソリューションの図を参考





 

mvalue_a:0.707106649876, mvalue_b:-0.70710670948, mvalue_c:0.707106649876, mvalue_d:0.707106649876, mvalue_tx:316.75048828125, mvalue_ty:587.07666015625

aとdは同じ数値ですから単純に回転がかかったものと判断できます。

TransformMatrix.swf 
{class:matrix, mvalue_a:0.707106649876, mvalue_b:-0.70710670948, mvalue_c:0.707106649876, mvalue_d:0.707106649876, mvalue_tx:316.75048828125, mvalue_ty:587.07666015625}の数値を入力すると


はい、遊べます。
なんとなく分かった錯覚に陥ります。

でも角度は出てきません。
数値から角度を逆算する必要が出てきます。


逆三角関数(度)サイトで数値から角度が出てきます。こんな↓感じ。


何とかここまでは達しましたけど逆三角関数が分かりませんので、それを使ったスクリプトなんぞ、とてもとても。。。です。
理解できずに「他人様の褌で相撲を取る」のはコバンザメのプライドが傷つきますが、この件に関しては仕方ありません。もっとも今後、使う機会があるかどうかも(ry

でもTransformMatrix.swfだけでなく角度とラジアンでも図がいじって遊べるのが嬉しい^^



んで全然、話は違うけど、最近やたら気になること。
せうぞーさんのブログが更新されてない。もう4ヶ月にもなります。


2012年10月30日火曜日

バラバラ

他部署応援要請が入り、打ち合わせに行ってきました。
そこの部署は過去数回、休日応援に行ったことがあります。
11月から平日応援の要請があり、打ち合わせに行ったのですが、、、

やりかたが人によってバラバラ!

ひとりポストのためそうなるのはある意味仕方ない点はあるにしても、ちょっとこれは。。。のレベルなのです。

以前、休日応援の時に平日業務の流れも教えていただき、その確認の意味もあったのですが、教わった流れと違う所が多々あります。当人はよかれと思って変更したのでしょうが、それが横に伝わっていないため、結果、その日の警備につく人によってサービス内容が違うという結果になってます。

杓子定規のマニュアル通りというのも何ですが、ここまで違うと愕然としてしまいます。

打ち合わせ終了後、上に報告をあげましたが、これはこれで同僚の恨みを買うことになりますので、正直やりたくなかったのです。

致命的と感じたのがセキュリティの基本というべき、施錠ルールが確立されてないということです。
照明の点灯にしても(もったいないから)等の個人感覚が入り、人によって違います。
照明は施設イメージにからんできますので、もったいないという個人感覚の入り込む余地などないのですが。。。

顔の見える仕事をするのも大事ですが、クライアントは会社と契約していますので、ある程度は同じサービスを提供しないと、かえって信用低下を招くと思うのであります。


2012年10月22日月曜日

血の呪縛

twitterに流したけど言葉足らずだったし、自分の頭を整理する意味で
佐野氏は、「血(ルーツ)」こそがひとの生き様を支配する、という人間観を持っている。←それはそれで正しい。ただ、血の呪縛から逃れようと必至で足掻いている人を絶望に落とす人間観でもある。 / “週刊朝日は謝罪すべきではなかったし、連載を続…”  
雑誌を読んだわけでもなく、佐野氏の本を過去一度も読んだことがないのに感想を述べるのも何かと思ったのだが。。。
「血(ルーツ)」こそがひとの生き様を支配する、という人間観は自分は同意できる。
その人の人となりを理解するにはどのような環境で育ったかは、当人がいくら否定しても少なからず影響を与えている。本人が吐き気をもよおすほど嫌いな人間を父親にもち(オレはあんな人間にだけはならん!)と心に誓い、生きたとしてもだ。それは経験したものにしか分からない。
だから手法として出自を明らかにし、父母の人格、成長する過程で影響を受けた人々(友人、恩師)などを通して当人を語るのは正しい。だから同和問題にすりかえられて導入部分で連載中止は理解できない。育った場所の影響もなきにしもあらずなのだが、一番影響を与えるのはやはり「血」だと思う。
「親は親、子は子」という考え方もあるが「蛙の子は蛙」という言葉もある。
(オレはあんな人間にだけはならん! そしてそう生きてきた。「親は親、子は子」)という考え方は、ある意味「傲慢な」考え方だ。そして自身に反吐が出そうなほど嫌っていた人間と同じ部分を見たとき、絶望する。本当に絶望する。いくら足掻いても血の呪縛から逃れられないのかと。

「血の呪縛」から逃れるたったひとつの方法――それは、新しい「血の呪縛」を受けること。
イエス・キリストの十字架の血を浴びること。自分にとってはそれだった。
それでも古い「血の呪縛」がむくりと起き上がる。そこから逃れるために再度、キリストの血を浴びる。キリストの血を浴びなければ、とうの昔に死んでいた。

2012年10月15日月曜日

DTPに必要な三角関数

以下の図を作成するとき、どうしてますか?
人によってやり方は様々ですが、自分は今まで角度40を作成してから、半径25の円を眼見当で線分に接してました(恥
別なやり方として「三角関数」を使ってキッチリ作成する方法があります。
角度20で高さ25の直角三角形の幅を求めればいいわけです。

角度と高さから底辺と斜辺を計算サイトで求められます。

a=b/tan20 で、答えは68.68693548636。

印刷物にしてしまえば小数点第2位以下の誤差は分かりません。けれどデータを作成する上で眼見当で作成したのか、三角関数を使って作成したのかで、後で大きく違ってきます。


Illustratorに貼り込まれた画像のサイズをリスト化する処理が必要となり、先週末からいろいろとトライしている。オブジェクトのプロパティからは幅と高さが参照できるのだが、どうやら回転がかかった場合は回転がかかった時の幅と高さになる模様。つまりオブジェクトの本来の幅と高さではなく、相対的な幅と高さということになる。対応策としては「回転を外した状態にしてから幅と高さを求める」というのが素直な考えだが、残念ながら回転の値が存在しない。IllustratorのオブジェクトはInDesignやQuarkXPressのようにボックスの左上を基準とした座標値や回転値などから場所を割り出すのではなく、6つのマトリックスを用いた方法で表現しているようで、ここらへんになってくるとお手上げだった。

上図で20°の角度が分からないから幅a'と高さb'が算出できないということ。
しかし角度が分かったとしても三角関数が理解できていないとa'とb'は出てこない。
35年前に高校を卒業してから一度も使ったことのない三角関数の復習をさせていただきました。
blogに書きながらの三角関数の復習です。


赤線の三角形は相似形なので角度は同じ。三角形の各辺の長さを求める公式は下図の場合

a=b/tanΘ もしくは a=c*cosΘ
b=a/tanΘ もしくは b=c*sinΘ
c=a/cosΘ もしくは c=b/sinΘ

これらの公式から
1. 79=a'*cos20+b'*sin20
2. 64=b'*cos20+a'*sin20

ここまででaとa'、bとb'とやったために分かりにくくなったな。。。と反省。
でもこのままいく。

要は上記の2つの式からb'を消せば、a'が導き出せる。
ここで中学で習った連立方程式がでてくる。

1. の両辺にcos20をかける  2. の両辺にsin20をかける

1. 79*cos20=a'*cos20*cos20+b'*sin20*cos20
2. 64*sin20=b'*cos20*sin20+a'*sin20*cos20

1. の式から2. の式を引き算すればb'が消える。

79*cos20-64*sin20=a'*cos20*cos20-a'*sin20*sin20

整理すると
a'=(79*cos20-64*sin20)/(cos20*cos20-sin20*sin20)

同様のやり方で
b'=(79*sin20-64*cos20)/(sin20*sin20-cos20*cos20)

この辺は計算がやっかいなので
wolframalpha.com がお薦め

よってa'=68.333、b'=43.236となる。基礎学力の大切さを改めて痛感した次第。。。


2012年10月12日金曜日

やり残しのはじめの一歩

DTPに戻れるはずなどなく、かといって警備で骨を埋める覚悟もできず、相変わらず宙ぶらりんな日々を過ごしてます。

CLさんがDTPから離れたのを機に諦めがつきましたが、それでもここへきてやり残したことがいくつかあったので。

最初に見たときから能力的に無理と放置してた事例が、ほぼ5年前のネタ

掲示板に神の啓示  
Illustratorに貼り込まれた画像のサイズをリスト化する処理が必要となり、先週末からいろいろとトライしている。オブジェクトのプロパティからは幅と高さが参照できるのだが、どうやら回転がかかった場合は回転がかかった時の幅と高さになる模様。つまりオブジェクトの本来の幅と高さではなく、相対的な幅と高さということになる。
対応策としては「回転を外した状態にしてから幅と高さを求める」というのが素直な考えだが、残念ながら回転の値が存在しない。IllustratorのオブジェクトはInDesignやQuarkXPressのようにボックスの左上を基準とした座標値や回転値などから場所を割り出すのではなく、6つのマトリックスを用いた方法で表現しているようで、ここらへんになってくるとお手上げだった。
答えは
(DTPtechNote:1750) Re: Illustratorのオブジェクト情報

かと思いきや、イケッチさんのBBSで修正されているのでメモ

13 イラストレータ変形率を返すルーチン

投稿者:イケッチ 投稿日:2008/03/03(Mon) 23:31
せいぞーさんのBBSに書き込んだ者に誤りがあったので修正

on get_henkei_of_link_info(thePlacedItem)
tell application “Adobe Illustrator”
set theClass to class of thePlacedItem
if theClass is not placed item and theClass is not raster item then return 0
set theMatrix to matrix of thePlacedItem
set _a to mvalue_a of theMatrix
set _b to mvalue_b of theMatrix
set _c to mvalue_c of theMatrix
set _d to mvalue_d of theMatrix
set theRad to do javascript “Math.atan2(” & _b & “,” & _a & “);”
set tateRad to do javascript “Math.atan2(” & _d & “,” & _c & “);”
set tateRatio to do javascript “Math.cos(” & theRad - tateRad - 0.5 * pi & “);”
if tateRatio < 0 then
set tateRatio to -tateRatio
end if
set tateRatio to ((tateRatio * ((_c ^ 2 + _d ^ 2) ^ 0.5) + 5.0E-6) div 1.0E-5) * 1.0E-3
set yokoRatio to (((_a ^ 2 + _b ^ 2) ^ 0.5 + 5.0E-6) div 1.0E-5) * 1.0E-3
set theAngle to theRad * 180 / pi
if theAngle < 0 then
set theAngle to -((theAngle - 5.0E-4) div 1.0E-3) * 1.0E-3
else
set theAngle to -((theAngle + 5.0E-4) div 1.0E-3) * 1.0E-3
end if
return {yoko:yokoRatio, tate:tateRatio, kaiten:-theAngle}
end tell
end get_henkei_of_link_info

tell application “Adobe Illustrator”
my get_henkei_of_link_info(item 1 of selection of document 1)
end tell


三角関数の復習と理解から始めなくてはなりませんので苦労してます(^^;

しばらく三角関数の入門メモ書きが続きますので分かる人は無視してください。

といっても、このblogを読んでる人は7人くらいのもので断る必要もないのですが。。。

2012年9月24日月曜日

最後の言葉

「先生」
 小谷は弱々しく久蔵を呼んだ。が、あとは声もなく涙ぐんだ。久蔵は小谷の手を両手でしっかりと握りしめ、
「頑張れよ、小谷」
 と、励ました。が、その自分の言葉に久蔵は愕然とした。今、まさに死のうとしている小谷にとって、最も必要としているのは、こんな言葉ではないはずだと思った。久蔵は文字通り命がけで生徒たちを愛して来た。しかし一体何を教えて来たのか。人生の一大事にあって、最も必要なことを、なぜこの一年間に、この小谷に教えて来なかったのか。そのことが、久蔵の胸を噛んだ。
 小谷の家を出るや否や、瀕死の小谷に対する愛と悔恨に、久蔵は激しく号泣した。まさに大地を叩かんばかりの嘆き方であった。
三浦綾子氏の「愛の鬼才-西村久蔵の歩んだ道」p129より
浅田次郎氏の「プリズンホテル」を1-4まで読了したので、そいつをメモろうかと思ったが止めた。今、読み始めたのが上記の本。
 「死」を想定して生きていない自分は主人公のように最期にかける言葉は、ああなってしまったろうなと思わされるし、また亡くなる方も「死」を意識しなければ似たようなものになるだろう。

 いまだ心に残るのが教会員だった陽一くん。15の時に天に召された。
自分が今の教会に転会してきた時はすでに片足を切断し頭髪はなく、末期症状で入院していた。それでも時折、礼拝に来られていた。
 彼に最初に会った時、思わず目をそらしたのを覚えている。

自分の全てが見透かされている。 そんな風に思わされた。

「透徹した目」とはあのような眼をいうのかもしれない。
神に見られている--そんな畏れがあった。
その畏れからなのか彼と言葉を交わした記憶はない。
何を語りかけてもウソになってしまう。。。そんな風に思っていた。

教会員のよく使う挨拶に「祈ってます」がある。
本当に祈ったのか、心のそこから祈ったのか、どれだけ祈ったのかと問われれば、「祈ってます」などと軽々しく言えない。当時もそう思っていた。

彼が天に召されたあと、牧師の前で号泣した。心のそこから祈れなかった自分が情けなくて。

そんな過去があったせいか、あいつの時は祈った。心のそこから祈った。でも最期にあいつにかけてあげた言葉は何だったのだろうか? 「また来週、来るよ」だったような気がする。あいつも陽一くんのように透徹した目をしていたが優しさで自分を包み込んでくれていた。「死」に対して備えのある人たちはあのような目になるのだろうか。

反面、親父ときたら平均寿命を過ぎてからガン発覚にもかかわらず、医者の「必ず治ります」の言葉を真に受けて「死」を考えることなく、最後の最後まで欲の皮が突っ張ったままだったw 身辺整理を何一つしていなかったから後始末が大変だった。ピンピンコロリというか亡くなる当日に容態が急変したから。本人は今でも自分が死んだことを実感できてないんじゃないかな? 最期に交わした言葉は電話で「苦しそうだな、こどもたちに替わるか?」だったと思う。

冷たい人間なのでしょう、何の悲しみもありませんでした。むしろ恨みを晴らせずに残念!の気持ちが今でも。最期だと分かっていたら

地獄に行きやがれぇ~!

と叫んでいたな、ウン^^

と、ここまで書いて結局、美しい生き方はどれだけ「死」と向かい合って生きているからなんだろうな、と思わされる。親父も向かい合っていれば家族と和解できたかもしれない。それは自分に置き換えても言える。

時計を戻して陽一くんとあいつに会えるとしたら「天国でまた会おうな」だと思う。

しかし、頑なに自分の考えを主張していた親父には、、、う~ん。。。

2012年9月20日木曜日

情報収集は疲れる

尖閣諸島を国有化してから日中間に緊張がはしり、こちらもかなり参りました(´Д`|||) ドヨーン


中国漁船1000隻、尖閣へ出航…海保と“衝突”も


マジで戦争前夜の様相を呈して。。。来春、奥さんが里帰りを予定しているだけに

教会50周年記念誌を進めなければならんのですが、手に付かずひたすらネットで情報収集にあたってました。今日になって


中国漁船1000隻は真っ赤なウソ?!尖閣にいまだ姿見せず



ドッと疲れが押し寄せました。

ネットの情報は玉石混交なのは分かってましたが、分かっていても最悪を想定するのが自分の性格。マイナス思考なんでしょうね。いくつか収集した中で


がよくまとめられています。以下は引用
特に今回は定年を迎える常務委員がことのほか多く、9名のうち7名が退場します。胡錦濤氏も温家宝氏も退場。がらっと入れ替わる新常務委員に誰を押し込むか、で、今年に入った頃から激烈な政治闘争が繰り広げられているという状況なのです。
ところで、この新メンバー、10月の党大会で「発表される」のであって、「択ばれる」のではありません。実は、毎回、党大会に先立つ7~8月頃、北京の北にある北載河という避暑地でわざわざ特別に非公開の会議を招集し、そこに、チャイナ9メンバー、軍幹部、元老、有力政治家が集まり、じっくりと話し合った末に決定を下すのが慣例です。つまり、新メンバーは党大会前に既に決まっているということ。党大会はそれに承認を出すための場に過ぎないという訳です。
今回も、8月前半に国の有力者が北載河に集まり、秘密会議が開かれていました。しかしどうも今年はそこでは決まり切らなかったらしい、というのがもっぱらの評判です。つまり、チャイナ9の椅子取りゲームは今もまだ続いている。非常に非常に不安定な政治状況であり、そこに新たな要素、「反日」というカードが現れた。今回のデモがこうまで過激化した背景には、このような事情があると思われるのです。
勉強不足で、これを読んで初めて知りました。10月の党大会まで不安定なのですね。

中国政治にとって日本とは、水戸黄門の「この印籠が目に入らぬか!」の逆バージョン的存在。「反日!」と叫べば誰も異議は唱えられない、正義の御旗です。小学校から教育の現場で繰り返し繰り返し叩き込まれ、一種の道徳スローガンのようになっていますから、これに表立って反発を唱えることは、今の中国では難しい。特に政治家にとっては最高に難しい。 
韓国も同じですね。幼少期から刷り込まれた感情を拭い去るのは容易でないだけに、領土問題よりも反日教育を糺してもらわなければ根本的問題解決にはならんのです。

政治に利用されてしまう哀しき暴走労働者たち
これまでにも日本でも多くの報道がなされているので中国に興味のない人にもよく知られているように、中国の現在の経済発展は非常にいびつなものであり、強烈な所得格差の犠牲者となった低賃金労働者は、社会への大きな怒りを心の内側にため込んでいます。残念ながらそういった人々の教育水準は高くなく(それは決して彼らのせいではありません)、義務教育で教えられた通りの鬼畜日本人のイメージを持ち続けている。日本人と会ったこともなければ話したこともないので、このイメージが変わりようがないのも仕方がないことなのかも知れません。それに、実際、何世代か前の親族を戦時中日本軍によって殺された人が多数存在していることも亦厳然たる事実です。よく、ただにこにこと「日中友好」とこちらが善意を持っていれば全て上手く行くと思っている日本人がいますが、それは全く違う。日本人の多くが何となくロシア人を好きになれないし信用出来ないのと同じように、いやそれよりもずっと強いレベルで、中国の人々のベースに、日本への不信感が存在しています。だから焚きつけられると一気に火が燃え上がってしまうということも、肝に銘じておかなければいけない基本事項の一つです。ただし、そんな彼らも、中国共産党の弾圧の恐ろしさは身にしみて知っていますから、政府が「デモをしてよし」とお墨付きを出さない限り、たとえテーマが「反日」であったとしても決して率先して過激な行動は取りません。しかし今回は、上述したように政治情勢不安定な中、政府上層部が「反日」を声高に叫ばなければならない状況です。その御用機関であるテレビも新聞も、しきりに日本を攻撃している。「よし、この波に乗っていいんだな」と労働者たちは判断する訳です。そして現場で興奮して暴れる‥こういうケースが多々生まれているようです。
ウチの奥さんの親族も日本人に殺された。そのこともあり結婚には反対されたが、結局、結婚までこぎつけたのは、中国にいるより日本にいた方がマシだからという判断だったのだろう。

今はどうだか知らないが、中国人は政府を信用していない。20年前は国内貨幣ではなく外貨、外貨より「金(きん)」を信用していた。お金が貯まると金の装飾品に替えていた。この辺の話題はまだ「中国嫁日記」には出てないが、そのうち出るだろう。

中国にいる時、よく耳にしたのが「没有、方策」(仕方ないよ)。
面従腹背とよく称されるが、長いものに巻かれなければ生きていけなかった歴史があった。
生きていけないのではなく、処刑された。
「没有、方策」が中国人の本質だと語った留学生がいた。
今回のデモの参加者もこのような人々が多くいたのでは?と思いたい。

2012年9月14日金曜日

プリズンホテル2 秋ドッグイヤー

小説家と呼ばれる人々はみな一見ひよわそうだが、実は乱暴者が多い。作ることとぶっこわすことは同じ仕事のうちだから、自然そうなる。
p9より

「ソレハ皆同ジヨ。死ヌコトニ理由ハナイケド、生キテクタメニハ理由ガイリマス」
p205より

 ベランダを被う草むらが、満月を透かして少女の肩を赤く染めていた。サーバーに湯を満たしてから、美加は途方に暮れたように、ガラス越しの夜の楓を見上げた。
「きれい……赤ちゃんの手がいっぱいバンザイして、お月さま、笑ってる」
p250より

「立派な絵描きになれってか。そうだ、頑張れ。おまえはもしかしたら天才かもしれない」
「てんさい、って?」
「才能を信じ続ける才能のことだよ」
p360より

 ほんの一瞬考えこんだだけで、富江は事態を察知した。
<孝ちゃん、そこに誰かいるのね、仲蔵さん?……まさか……まさか、おかあさんがいるんじゃないでしょうね>
(略)
「富江はな、おまえのために人生を棒に振ったんだ。おまえが男とかけおちしってから、すっかり老けこんでしまったおやじを見るに見かねて、メソメソ泣いてばかりいる子供が不憫で……十七だぞ。知ってるだろ。たった十七の、東京の右も左もわからん、集団就職で秋田から出てきた女工だぞ。近所のババアどもから、おまえを追い出して後添いにおさまったなんて陰口たたかれて、俺の父兄会に出てきても廊下でオロオロして、用務員にまで頭下げてたんだ。かわれよ。そくぞここまでセガレを育ててくれましたって、親子ほど年の離れたおやじに、よくぞ抱かれてくれましたって。あやまれよ、さあ、ほめてやれよ」
p409-410

しかしまぁ人気作家なだけに勝手にblogに折った部分をupして著作権どうのこうのとなったら堪らんのぉ~。

プリズンホテル1 夏ドッグイヤー

「見てよ、かあさん。三十年間、一日もズルしてないんだ」
「知らないよ……そんなこと」
 どさりと投げ出されたファックス用紙の上に、母は膝から崩れた。とまどう表情を見ながらぼくは、もしかしたらこのことだけが夢だったのだろうかと考えた。

「別れるとき、最後に言ったじゃないか ― ―そうだいいことがある、おまえ毎日、日記をつけな、って。いつかかあさんがそれを読めば、おまえが毎日なにをして遊んだか、何を食べたか、どうやって大きくなったか、すっかりわかるように。いいかい、一日もかかさずにだよ、って ― ―そう言ったじゃないか。とぼけるなよ。ほら、読んでくれ。ぼくはかあさんに捨てられてから、こうやって大きくなったんだぞ。さあ、読めよ。最初からぜんぶ」
 仲オジがぼくを羽交がいじめに抱きかかえた。
「わかったよ、孝ちゃん。もういい、わかった」
「わかるもんか。わかってたまるかよ。読めよ。声出して読め。そうだ、そのへんてこな字はな、小学校四年のとき自転車でコケて右手を折って、泣きながら左手で書いたんだぞ。こっちのやつはな、自衛隊の演習中に、塹壕の中で慄えながら書いたんだ。熱出したって、酔っ払ったって、女にフラれたその晩にだって、ちゃんと書いたんだぞ」
p295-296より

【プリズンホテル2 秋】を読了後、(はて? 1はどんなストーリーだったっけ?)。
面白く読めたことだけは覚えていた。そんなわけで1をパラパラと読み、あらすじを思い出す。
1より2の方が面白いやんけ! 普通、2の方がつまらんというのが世間相場なのに。

1ヶ所だけページが折り曲げられていた。

夢が現実になるのではなく記憶となるに関連している。

突如、駆け落ちした主人公の母が、彼と「毎日、日記をつけな」と約束するはずもない。
夢が体験記憶になったのだろう。

哀しいほどの片思い。。。信仰の世界でも通じるところがあるな。母を神に置き換えて。

毎日、祈って祈って、そして祈って。それでも解決されず道が示されず教会を去った姉妹がいた。
信徒のだれもが神に愛されているのではない、見捨てられたと思うことがある。
それでも主を愛す。片思い。
教会を去った時の彼女の叫びは主人公のような叫びだったのか。

2012年9月13日木曜日

夢が現実になるのではなく記憶となる

ありきたりの「夢が現実になった」という話ではない。
夢を「夢」として認知できず、実際、自分が経験したかのように錯覚することである。

今、自分にその性癖があるのか考えている。

自分と同年齢の人は「大阪万博」を小学校高学年の頃にむかえたはずである。
で、当時話題となっていた「タイムカプセル」の話を覚えているだろうか?
全国的なブームとなり、多くの学校がタイムカプセルを埋めたと記憶している。
自分のいた学校でも例に漏れずタイムカプセルを埋めた(はずである)。

21世紀になったら掘り出すはずであった。

2000年に中学の同窓会があった。
当時、ブラック企業に転職したばかりの自分は休みがロクにとれず、参加を見送った。
不参加ながら同窓会ではタイムカプセルのことが話題になり、いつ掘り出すか決定するのかと思っていた。

参加した友人に同窓会の話をきいてみた。そしてタイムカプセルのことも。

「タイムカプセル? 何、それっ? 記憶にないなぁ」

で、友人は同級生数人に連絡を取り、タイムカプセルのことをきいたが皆、同様に覚えていない。
最近、ネットで中学時代の女子と連絡をとるようになり、タイムカプセルのことをきいた。
やはり覚えていない。。。

40年以上経って皆が忘れたのか? それとも自分の性癖なのか?

夢を現実にあった記憶として認識することがある。


以下は過去の事例

未信者の妻と結婚するにあたり韓国人宣教師たちから猛反対を受けたのが20年前。
妻との結婚を選び、母教会を去ったのだが、行く教会がない。
そこで学生時代からの腐れ縁(今は友人ではない)がいる教会にしばらく行くこととなった。
彼は自分が韓国で導かれた同時期に日本で導かれ信徒となった。
あろうことか腐れは今、その教会の牧師をしている(神をも畏れぬ所業!)。

しばらくの間、その教会に練馬から1時間かけて通っていた。
そのうち公団の抽選に当たり、入間市に引っ越すこととなった。
そこから通うには2時間近くかかる。さすがにそれは無理。
そこで腐れのいる教会の牧師先生にご推薦の教会はないかと相談に行った。
牧師先生は分厚い辞典のような本を取り出し、教会を選ぶ。
なぜか隣の市(狭山市)の教会を紹介してくれた。 
それに対して自分は
「入間市と狭山市は隣ですが、電車で行くとなると一度、所沢に出ければならないので不便なんです。別な教会を紹介してください」と答える。 
牧師「ホントはここがいいんだけどなぁ~」(ブツブツ) 
オレ、本をのぞきこむ。今、在籍している教会の名前が書いてあった。 
腐れ「すみませんね、先生。こいつ、我儘なんで勘弁してやってください」 
オレ、(おめぇの方が数段、我儘だろが、ボケッ!)と心の中で呟いた。
入間市に引っ越して散歩してるときに、今の教会を見つけた。直線距離にして100m離れてない。


自分が引っ越した先は入間市と狭山市のほぼ境。そして教会も境のところにあった。
教会名を見て(あぁ牧師先生が紹介してくれた教会だ)。そのまま教会員となった。

最初は牧師先生が紹介してくれた教会にきたのだと思っていた。しかし、よくよく思い出してみると詳細なやりとりの前後の記憶がない。というより腐れと一緒に相談にいってない。
夢の中のやりとりを自己の記憶としていたのだった。

タイムカプセルも詳細に覚えている。埋めた大体の場所さえも。
しかし同級生たちは皆、覚えていないという。この記憶は夢だったのか?

2012年9月9日日曜日

心理状態が夢に現れているのか

先週はよく夢を見た一週間だった。
夢は寝ているときに必ず見るものなのかも知れないが、起きた瞬間に忘れ覚えていることはほとんどない。ところが不思議な夢だと起きてからも気になって仕方ない。

最初に見た夢
警備の仮眠を終えソファから起き、煙草を一本吸ってから開錠巡回。
開錠巡回をしている最中にソファから目覚めた。その後にやった行動は夢の中の動きと同じ。
デジャブといっていいのか? 不思議な気分で仕事してた。

次に見た夢(警備の仮眠中)
53歳の自分が新入社員として入社。後がないという切迫感からなのか、例によって力が入りまくり。隣にいる年下の社員から「もっと楽にしたら」と言われる。。。orz

3番目に見た夢(自宅にて睡眠補給中)
高層ビルの上層階にいて談笑。で、高層ビルの上の方は揺れている。
他の人は揺れに同期してるものの、自分ひとり同期できずにパニックっていた。

今朝見た夢(警備の仮眠中)
薄暗い体育館にいた。片手には空気の抜けかかったハンドボールをつかんでいる。

夢ココロ占いのキーワード検索してみた。

「ソファ」「新入社員」「高層ビル」は悪くない。が、高層ビルの
ただしよい印象をもてない夢なら、高望みしているなど何事にも見直しが必要のようです。

体育館
日常に何か物足りなさを感じていたり、楽しい事や刺激を求めているのかもしれません。印象のよい夢やスポーツをしている夢なら、活動の場が広がり生活に新鮮さを味わえそうです。しかし印象が悪かったり体育館に一人でいるような夢なら、毎日をムダに過ごしていたり能力や体力など使いきらずもて余していることを示します。

空気の抜けかかったハンドボール
該当するものはなかったものの、空気の抜けかかったがポイントか? ハンドボールを片手で掴むにはかなりの握力を必要とする。

勝手に自己分析(当たるも八卦、当たらぬも八卦)
DTPに復帰したいもののブランクがありすぎて付いていけないことは自分が分かっている。
それでも現状を受け入れることができず夢にでてくるようだ。

まぁ、警備の仕事がやりたくて警備の世界に入ってくる人はほとんどいない。
早くこの世界から抜け出したい。そう思ってる人がほとんどなのかも知れない。
そう思いつつも、いざ抜け出せたとしても(本当にやっていけるのか?)という不安が先立つ。
事実、前回、失敗してるしね。
とどのつまり、別々な夢であっても根底は同じということ。

毎日をムダに過ごしていたり能力や体力など使いきらずもて余している

判っていても抜け出せない。そういったジレンマなのだろう。

2012年9月3日月曜日

勝得善と歴史認識


教会月報に掲載予定の記事。

 ロンドン五輪を契機にナショナリズムが高揚し、日中、日韓の領土問題がマスコミを賑わせている。妻が中国、そして韓国で洗礼を受けた身としては内心穏やかでない。正直、泣きが入り、もう勘弁してくれとの思いがある。民族感情がこじれて、どうやってキリストを宣べ伝えることができるのか? 韓国から多くの宣教師が来ている今日、マイナスにしかならない。

 感情に駆られて教会月報に政治的な問題を載せていいのかと迷ったが、書く。

 悶々としている中、「勝得善」という言葉を目にした。『勝てば官軍』の言葉があるように、勝ち=得=善となりがちだが、順列組合せで勝得善、勝得悪、勝損善、勝損悪、負得善、負得悪、負損善、負損悪があるという考え方だ(目からウロコ)。

 国家的立場は「勝得」を優先して考えなければならないだろうが、ひとりのキリスト者としてはやはり「善」を追い求めなければならないと思う。「負損善」でもいいと思う。

 ただ、どうしても譲れない一線がある。それは歴史認識。

 この歴史認識が各国共通ではなく、各国独自の認識であるのが現状。自分から見ると行き過ぎた認識を持っていると思えることがある(南京大虐殺の被害者数)。捏造と思えることすらある(従軍慰安婦問題)。これらの事例を教会に置き換えると「主の復活はなかった」「ユダの福音書」「三位一体ではない」等の異端を容認することに等しい。異端を容認することは福音を否定することであり、同様に各国独自の歴史を容認することは正義を否定することになる。

 日本でも「ネット右翼」と称される人々が積極的に書き込みをしている。具体的な事例、数字を挙げてだ。説得力があるだけに彼らの「日本は侵略戦争はしていない」の論理に引き込まれそうになる。

 共通の歴史認識がないから独自の歴史を教育現場で教えることになる。最近では「世界最初の古代文明は古代朝鮮を加えた五大文明」なる驚きの教科書も目にした。そして今、独自の歴史教育を受けた世代が各国のリーダーになっている。幼少期から刷り込まれた意識を拭い去るのは容易ではない。

あくまでも私個人の意見ですので、所属する教団、教会の意見ではありません。

2012年8月27日月曜日

警備員生活

警備生活の影響なのか、はたまた加齢によるものなのか、どうしても一気に8時間寝ることができなくなってきている。自分の睡眠スタイルは以下の通り。

勤務についているときは深夜2時半頃から5時まで仮眠(仮眠室がないためソファで横になる)
帰りの電車で30分ほど仮眠。
家に着いてから9時から12時頃まで仮眠。
合算して6時間。睡眠不足にならない程度の睡眠時間だ。 この習慣が身についてしまっているせいなのか、たまの休日でも時間になると目が覚めてしまう。今日は、というより今日も朝5時に目が覚め、web巡回。夕方まで休みなのだが、9時になったら眠くなる。で、いつものように二度寝に入る。さっき起きたばかりである。

夕方からの勤務がない日はGSのバイトが入っている。出勤前にGSでバイトするか、勤務明けに仮眠を取ってから午後バイトに入る。正直、フルタイム一日休みというのをバイトを始めてからない。

で、バイト先の同僚に警備の給料のことを話すと「そんなに安いのか!」と驚かれる。
そうなんです。そんなに安いからここでバイトしてるんです。。。orz

警備員の前職はさまざま。まぁ多くは定年退職者、リストラ組なのだが、なかには現役社長がいる。多くは自営なのだが、店舗を構え従業員を雇っている社長もいる。従業員に給与を払うと自分の分がなくなり、そのため警備で生計を立てている。ブラック会社の社長に見習わせたいw
名の通った企業の部長が定年退職して警備の仕事についたりもしている。定年後、年金生活で悠々自適というのは夢のまた夢なのが分かる。
不況を反映してか20代の警備員がいる。休憩時間には公務員試験の勉強をしている。
バンドを続けるために警備の世界に入ってきた人もいる。24H→明け→公休のサイクルだと自分の時間が作りやすいのは確か。まぁこちらは明けや公休にバイトを入れているのですが。

たまの休みの日に見るテレビ番組は限られてくる。連続ドラマは続きが分からなくなるので×。
単発ドラマ、バラエティか映画になる。
テレビ東京の「午後のロードショー」は睡眠補給を終えてから、出勤前に見れるためありがたい。
と同時に、世間の人が働いているこの時間に見てていいのか?という罪悪感も少しある。

病院警備をしてる時に学んだこと。それは

車椅子の人は足が悪くて乗っているんじゃない。
自分の力で立つことができなくて乗っているんだ。


日頃、そういった方々と接してないと「車椅子=足が不自由な方」のイメージが定着してしまいがちですが、そうではない。病院で車椅子を利用している人のほとんどが、もう自分の力で立つことのできない方々なのです。



2012年8月24日金曜日

いちご同盟(純愛--中学編)よりドッグイヤー

アチキが図書館の本を借りずにブックオフを利用している大きな理由がドッグイヤー。
借り物の本にページは折り曲げられません。で、折り曲げたもののまとめることなく今日まで生きてきましたので、今日からは読了した本のドッグイヤー部分をblogに残そうという試み。多読でないだけにさして苦にもならんでしょう。

思秋期を迎えてから三田 誠広氏の「僕って何」を読む。ドッグイヤーなし。
タイトルからして読む気が失せ、今まで一度も氏の作品を読まずに今日にいたる。
今の気分がタイトルなだけにいいんでないかい? 
CLさんでさえDTP業界から離れることとなった衝撃はかなり大きい。今の自分ではとてもとても(ry

「コピーの三田」の御曹司であることは知っていたが、自分と同じ誕生日だとは知らなんだ。

読んでいてリズム感が一致するためか、さらりと読める。このリズム感というのが結構、自分にとっては重要でリズム感が合わないと最後まで読了することができない。宮部みゆき作品はその筆頭。テレビドラマで見ると面白いだけに何なんだろうね?

いちご同盟純愛--中学編)

直美が、ぼくの方に振り向いた。
「ねえ、北沢くん」
ぼくは黙って、直美の目を見返した。
「ピアノの弾いていて、苦しいと思うことある?」
思いがけない質問だった。ぼくは少し考えてから、正直に答えた。
「ふつうに弾いていれば、いい気分だけどね。もっとうまくなりたいと思うと苦しくなる」
直美は探るように、ぼくの顔を見ていた。
「あなたよりも上手な人がいるっていうこと?」
「それもあるけどね。でも、もっと基本的なことなんだ。楽譜があれば、そこからいろんな音のイメージが浮かぶ。せっかくイメージが浮かんでいるのに、自分の指の動きが正確にそのイメージを表現できないとしたら、もどかしい気持ちになる」
(略)
つまり、こういうことだ。人生というものに関して、ぼくは三つほど、疑問があった。第一は、ピアノを弾くのは好きだけれど、いまのぼくの技量では、とてもピアニストなんかにはなれそうもないということ。第二は、たとえピアニストになったとしても、それが仕事になってしまうと、いい気分でピアノが弾けなくなるのではないかということ。そしてもう一つ、ものすごい苦労をして、有名なピアニストになったとしても、死んでしまえば、それでおしまいではないかということ。
p73-74より

「入院、というのもリストに入れといて」
そう言ったあとで、直美は急に声をふるわせた。
「でも、病気じゃない人には、わからないわね。あたしに与えられたリストは、病気、病気、病気、これだけ。自殺する権利もないのよ。だって、自殺したって、病気のせいだと言われるでしょ。自殺って元気な人がやらないと、誰も驚かないものね」
p117-118より

十五番目のソナタ『田園』。何の感動もない曲だ。
(略)
初見の時から、気持ちが乗らなかった。もちらん、指の運動みたいな練習曲でも、勝手に強弱をつけて、盛り上げることはできる。でも、母が聴いたら、卒倒するだろう。母はテンポに厳格で、勝手な解釈を許さない。感情を抑制した、機械みたいな演奏を好む。
p172より

「良一。お前にもいつか、わかるだろうがな。長く生きていると、大切な人間が、次々に死んでいく。それは、仕方のないことなんだ」
足をすべらせたのか、父はぼくの身体に抱きつくようにして言った。
「そしてな、良一。大人になり、中年になるにつれて、夢が、一つ一つ、消えていく。人間は、そのことにも耐えなければならないんだ」
p215より

「北沢。おれは、自分が怖い」
いまにも泣きだしそうな表情で、徹也はささやいた。
「おれの体内には、おやじの血が流れている。軽薄で多情な血だ。いまは、直美のことしか考えていない。だが何年かたてば、直美のことなど忘れて、別な女を追いかけているかもしれない。おれはそういう自分が怖い…」
p229より

そうだ十五番のソナタがいい…。
『田園』と呼ばれる、ひたすら穏やかで何の感動もない、音による風景画。課題なので毎日練習しているけれど、どうにも好きになれなかったこの曲が、いまの自分にもっともふさわしい曲だという気がした。
(略)
感情を抑制していたはずなのに、いつの間にか、涙が頬を伝わっていた。
雨量計に降り注いだ雨のしずくが、やがてガラスびんを満たすように、胸の中で何かがあふれそうになっていた。あふれそうになっているものを抑えて、ひたすら単調に、鍵盤を叩いた。ことさらに声を高める必要はなかった。むしろメトロノームのような音の一つ一つに、悲しみがこめられていた。音が響くだけで、心がふるえた。
不思議な気がした。こんな演奏は初めてだった。ふつうに弾いているだけなのに、音の響きに、深いものがこもっている。何げなく弾いていたメロディーや和音が、別の音のように聞こえる。わざと抑揚をつけ、テンポを崩して、感情をこめようとしていたいままでの自分の演奏が恥ずかしかった。
この曲の深さに、気づかなかった。
(略)
弦の響きの背後から別の何かが響いてきた。半ば消え入ろうとしている、かぼそい、けれども持続的な低いリズムだ。どこかで聞いたことのある響きだった。まるで心臓の鼓動のような、胸の奥にじわりとくいこむリズム。けっして乱れない規則的なテンポの中に、激しいものがこめられている。命の鼓動だ、とぼくは思った。単調で変化がないからこそ、生きていると実感できるような、そんな命のリズムを、この曲はとらえているのだ。
(略)
鍵盤から手を離して、目を上げると、レッスン室のドアが半ば開き、母が立っているのが見えた。母は、ひどく驚いた顔つきで、ぼくを見ていた。部屋に入りかけたまま、その場で動けなくなったようだった。
ぼくは椅子から立ち上がり、母に向かって、目で合図を送った。母はまだ、驚きがおさまらない様子で、ぼくの顔を、息もつかずにじっと見つめていた。
p232-233より


コメントなり感想を入れたいけど面倒なので省くw
人によりドッグイヤーする部分が違うと思うので、このblogはこれでありかな?とも思う。


2012年8月4日土曜日

欠員補充


警備の仕事となりますとどうしても高齢者ぞろいとなります。
で、どうなるかというと急に高血圧、脳梗塞などで勤務ができなくなる人が出てきます。

まぁ年齢によるものですから仕方ないのですが、その分の負担が他の人にかかってきます。

会社側も欠員補充するのですが、警備の場合、法定研修なるものが義務づけられており、採用した翌日から勤務につくことはできません。最初の一週間は研修に費やされます。それから勤務先にて現地研修を行いますので、実際、戦力になってくるのは早くて2週間後となります。

今年の夏の暑さの影響なのか、ひとりが高血圧で倒れ7月いっぱいで退社。
で、昨日は脳梗塞でひとりが倒れました。。。

健康上の理由だけでなく、いわゆる低賃金のため(やってられるか!)との思いからか突然辞める人も後を絶ちません。

そういったことを見越して会社側も大目に人員を配置していればいいのですが、世知辛いご時世のためギリギリの人員しか配置してくれません。というより配置してくれるのでしょうか?

以下は愚痴です(スルー推奨)

7月に入って顧客の要請により1ヶ月間の臨時仕事が増えました。ひとりがそちらに獲られることにより、二人分の巡回をひとりでやること。。。施錠点検巡回で休憩なしの4時間半、同じく休憩なしで開錠巡回を1時間半。まだまだ若いと思っていても流石に6時間、歩くのは堪えます。何より仮眠時間を削らなければ終えることができません。

8月に入り通常業務に戻った矢先にひとりが退社、そしてひとりが倒れました。
今現在、欠員補充はありません。この状態が続けば倒れる人がまた出ます(自分を含め)。

本社の人間でないので契約がどうなっているのか分かりませんが、ひとり当たりの人員配置で顧客と契約しているはずだと思うのですが。。。契約人員を配置しないことは重大な契約違反になると思うのですが。。。

と言うのも以前の警備会社が入札によって契約を切られたのは契約人員を配置していなかったことが顧客の知れるところになったからと後で聞かされました。

7月の臨時仕事は顧客へのサービス仕事だったのでしょうか? だとすると二人分の巡回をしても何の手当てもいただけないことになります。


8/19追記
給与明細に手当てがついてました。1勤務につき1200円。二人分の巡回を12勤務こなしましたので14400円。ちなみに昼間の残業は時給850円。
お盆明けに脳梗塞で倒れた同僚が復帰してくれますので、通常勤務体制に戻ります。

2012年7月2日月曜日

久々に「鬱」復活からの復活で鬱考察

わけのわからんタイトルですがタイトルの通りです(^^; 今日は調子がいいので経過をまとめます。

5月連休頃、風邪を引きましてこじらせてました。こじらせるといっても軽い症状だったので放置。
その後、朝の状態で「鬱」再発に気付きました。風邪とは明らかに違う症状なので、経験した人なら分かります。経験したことのない人なら悪化の一途をたどったと思います。

鬱と付き合って10数年。ようやく付き合い方にも慣れてきました。 経験から言いますと一度、鬱を患うとこの病は治りません。 アレルギーみたいなものです。 ですからアレルギーを引き起こすものから避ける必要があります。

「真面目な人が鬱になりやすい」とよく言われますが、あれは嘘です。自分がなったくらいですからw 非活動的な人がなりやすいんだと思います。非活動的というより低体温の人でしょうね。自分の平熱は35℃台ですから。

長年、付き合ってますと何に対してアレルギーを起こすのかが分かってきます。自分の場合、寝不足と体の冷えです。で、初期症状は風邪にかかった感じ。風邪だと勘違いして放置すると悪化します。ですから早い段階で見分ける必要があります。

鬱も「こころの風邪」などと言われ、社会的にも認知されてきましたが、そんな生易しいもんじゃない。朝、目覚めたときの絶望感は半端ない。本来、外に向かうエネルギーのベクトルが内に向かって攻撃してくる。
どういうことかというと、1日の活動エネルギーがある。そのエネルギーをジョギングにあてるとかなりの距離を走れる。その分、身体は悲鳴をあげる。エネルギーが内に向かって攻撃してくるとは、朝、目覚めの状態がこの状態になるということ。だから目覚めた時は疲れ果てている。体が悲鳴をあげ、吐き気、発熱がともなう。しかし体温計で測っても熱はない。そのため周りは「気持ちの問題」などという言葉で片付けてしまう。


朝、起きたときがこの状態ですから仕事などまともにできるわけがない。肩で息しながら座っているのが精一杯。あぁしんどって感じです。この時ほど仕事が他人と接しない夜間巡回警備でよかった~)と感じる時です^^ DTPでしたら他人に迷惑をかけるだけですから。


自分の場合、寝不足による体力低下、体の冷えが「鬱」を引き起こしますので、そこだけ注意すればいいわけです。かかったかなと思ったら、とにかく休む、身体を温める。この身体を温めるは暑い環境に身を置くことではなく、葛根湯などを飲み、体の内側から温めることです。で、矛盾するかもしれませんが、葛根湯と別に「頭痛薬」を飲んで熱を下げてます。葛根湯からくる熱と鬱から発生する熱は違う感じです。


初期対処してから1ヶ月が過ぎてようやく状態が上向いてきました。現在、小康状態でしょうか?


好きなことをやるのが鬱にはイイ!なんて話を聞きますが、これって当たらずとも遠からずです。エネルギーのベクトルを内側から外に向けるには「好きなことをやる」のが向けやすいということだけなんです。症状が悪化してしまえば「好きなことをやる」力もなくなってしまいますから。
ですから、なぜか「患者」は大企業のサラリーマンと公務員ばかり「新型うつ」これが真相です の記事を読むとホント腹が立ちます。


どこぞで読んだのですが最良の予防法は 疲れる前に休む です。


このblogにたどりつくのは鬱になりやすいDTPをやっている方々ばかりだと思いますので参考にしてください<(_ _)>

2012年6月9日土曜日

パソ編の白オーバープリントの続き

前回は再現しないということで白に近いグレーを選んで「逃げ」をうちました。

原因判明! 

取り込んだ画像ボックスに白フチをつけるか、取り込む前に画像ボックスに白フチをつけるかでPDFにした時、結果が違うのです。


こいつをPDFにすると



画像を取り込んだ後、白フチ設定をしても白フチはPDFに反映されません。

なんかこの問題って、あかねさんのInDesignの正規表現検索置換で文字化けと根っこは一緒のような気がします。初めに設計ありきなのでしょうが、DTPって作業しながら考えるところが結構ありますので、この仕様は問題だよなぁ~。

2012年6月7日木曜日

PDF入稿はPDFで修正したい

twitterをまとめ読みしたら、あまおかさんのツィートに反応したくなったw
原責で広告のPDFで入稿されたけど、出力すると白抜けしまくる。特色もたっぷり入ってる。どうにもならないので先方に元データくださいと返事する。たぶん「この印刷屋はダメだな、PDFで入れてやってんのによ! つかえねーの!」 って言ってるんだろうなーとか思いつつ。
PDF入稿が叫ばれてから数年が経ちます。その間、是非の議論をいくつかTLで読みましたが、自分はやはりPDF入稿が業界標準にならなければ、と思ってます。

アナログの時代はデザイン、版下、製版、印刷といった分業が確立され、責任が明確になってました。
DTPに移行してからこの責任の所在が曖昧になってきたんですね。というより、最後の所が全ての責任を負うという正直、担当者にとっては(やってられねぇ~)という状態が常態化してました。今でもそうなんじゃないかな?

WYSIWYGの合い言葉でDTPが普及してきましたが、WYSIWYGなのは紙出力レベルまで。
フィルム出力すると結果が違うということが日常茶飯事で発生してきました。Distillerのなかった当時の解決策は、製作会社に

PSプリンタ出力時に分版出力で確認

を勧めてきましたが、当時はまだRIPの処理能力が低く、かつ短納期ということもあり現実的ではありませんでした。

その後、AdobeがAcrobat Distillerをリリースし、製作側がRIPと同じ結果を95%の確率で確認できるようになりました。5%の違いはメーカーによる違いですw
出力側にとって福音ともいえたDistillerでしたが、製作側からPDFで入稿することは稀でした。
そりゃそうですよね。PSに書き出してからDistillerを通すという工程を踏むわけですから、仕事が増えるw

製作会社と印刷会社の出力部門を行ったりきたりした身として感じる現状ベストな入稿方法はやはりPDF入稿だと思います。最大の理由は

責任所在の明確化 です。

作成データと同じPDFを作成するまでが製作側の責任。
そのPDFを正確に出力するのが出力側の責任。

昔と違ってPSに書き出しDistillerを通してPDFを作成することなく、「PDF保存」で手軽にPDFが作成できるようになってきました。けれどそのPDFが正確に出力されるかは別問題になってきます。これは

アプリベンダーの責任なのか?
RIPメーカーの責任なのか?

製作側に確認する術がないのですから、アプリベンダー、RIPメーカーを含めて出力側の責任だと思うのであります。

入稿したPDFをグリグリして出力する必要があるのですが、それができない。そのため生データで入稿されると出力側の環境で開き直してしまうため、出力に関するトラブル以外の全リスクを負わなくてはならない。勘弁してください。orz

となると「PDF保存」なる機能は「見せるPDF」保存であり、出力側は「見せるPDF」を「出力できるPDF」にする必要が出てくるのです。これができないことにはPDF入稿は標準にならんし、いつまでも最終側が全責任を負うという事態から脱却できないのです。


2012年6月3日日曜日

パソ編の白オーバープリント

今月号の教会月報で組み込み画像に白ふちをつけたデータをPDFにしたら見事に白ふちが消えるという現象に遭遇。



角版画像の白ふちのみ消えてしまう。原因を調べると「塗り設定」が影響しているようだ。
以下のやり方で解決


塗り設定の種類からベタを選ぶ



背景色を白に範囲を枠線の外側にする



ところが、ところがだ。このやり方で解決されたはずが再現しない。白オーバープリのまま!
この再現しないというのが一番厄介なんだよな。

仕方ないので、白を使用せず白に近いグレーを選ぶ。


追記:解決しました^^ パソ編のオーバープリントの続き



2012年5月24日木曜日

blogを振り返ってみる

Googleのbloggerもデザイン変更され「統計」なるもので、どの記事がいつ読まれたか分かるようになりやした。2007年の5月からblogを始め5年を経過した今日までのメモ。


メモ帳のバケツ(2007.5~2008.4)




メモ帳のバケ2(2008.5~2009.11)





メモ帳のバケツさん(2009.11~2010.12)





メモ帳のバケツだよ~ん(2011.1~2011.12)



ページビューの合算と全期間のページビュー履歴の数が一致しないのは???なのですが、
正直、使い方がよく分からんのです。。。

しかしまぁ、こんなものに拘ると書きたいことも書けなくなりますので、始めた当初の気持ち

誰にも読まれていない フフフ の精神で行きます。

いや実際、最初にコメントが付けられた時はマジ焦りました(^^;A
なんせ人様のblogの無断引用で自分のためのメモ書き用途としてのblogでしたから。

読んでいる人にどうやってこのblogを見つけたのかとオフ会の時に訊いたところ、Googleアラートを使ってたどり着いたみたいなんですね。正直、最初のblogから読まれていたとは露知らず真っ青。

「その後のメモ帳のバケツ」の次のタイトルは「メモ帳のバケツ録」と決めてたのですが、DTP復帰も難しい今となっては、記録するような内容もなくタイトル変更はなさそうです。



で、今日の内容は過去に読まれたベスト記事特集ですw

PDFの整理はPDF Explorerがお薦め かも 829 ページビュー
↑はNaverまとめの「大量すぎる自炊PDFを効率よく管理する7つの秘訣」に拾われたから

epubをPDFに変換して正規表現の予習 792 ページビュー
たぶん「せうぞー 正規表現」の検索で引っかかったんだろうと推測

気は長く 心はまるく 腹たてず の文字組み 477 ページビュー
こんなものがどうして???が正直な感想。見るだけ時間のムダとしか思えない。

PDFからのテキスト抽出 467 ページビュー
多分、文字化けで悩んでる人が検索してたどり着いたのだろう

見開きレイアウトのノド側の塗り足し 343 ページビュー
アナログを知ってる古い人しか分からないし、敢えてアナログに合わせるべきではないと思う。新しい葡萄酒は新しい皮袋に。と聖書でも言っている。

単数行コンポーザと段落コンポーザ 214 ページビュー
不可解な挙動さえなければ段落コンポーザをお薦めします。単数行コンポーザは個人的に美しいと思えないのです。

書体名を調べる 200 ページビュー
面倒な作業なだけに検索してきたのだろう


というか自薦記事と随分、違っている。後日、読み返して自薦記事をup予定。
思い出になりつつあるDTP

2012年5月15日火曜日

退色復元



教会50周年記念誌編集作業を進めてます。50周年は去年だったのですが、原稿が集まらずに今日まで引っ張ってます(^^;A それでもまだ全て集まってません。。。orz

作業して感心したことが家庭用プリンタのスキャナ機能のレベルアップ。
EPSONのEP803-AWを使用してますが、初めて使った退色復元が期待以上だったので記念age。

上が何もチェックを入れないで取り込んだ画像、下が「退色復元」にチェック入れて取り込んだ画像です。元の色が分かりませんけど、家庭用スキャナでここまで出来ればOKかな。

結構、使えそうな機能です。




2012年5月13日日曜日

2017年問題

警備の合間にGSでアルバイトしてます。GSといってもガソリンスタンドではなく、ガスステーションであります。LPガスや天然ガスをタクシーやバスに給油するお仕事。売り上げ割合はLPガス5に対して、天然ガスは1です。この数字のごとくガスステーションの生計はタクシーに大きく依存してます。

で、職場にある回覧資料にとんでも仰天がありました。それは2017年問題。

LPGタクシー2017年に生産中止
アルバイト先がなくなってしまう危機。

で、トヨタが撤退しても日産など他社メーカーがあるではないかとお思いですが、タクシーのLPガスボンベはトヨタの子会社が製造し、他社に供給してるんですね。その子会社も製造中止を表明してます。何より燃費効率からLPからハイブリッドに替えたのに他社がLPを使い続けるとは思えません。なんせLPがリッター5kmに対してハイブリッドは15kmなんですから。

ガスステーションが街中から消えるのは時間の問題なのですが、バスやトラックに給油する天然ガスはどうなるのか分かりません。どこで給油するんでしょうか?

ちなみにLPガスは石油の精製過程で生じる副産物。エネルギーを石油に依存してるかぎり、LPガスは発生します。精製工場の煙突から燃えている炎がLPガスです。
それを家庭用ガスやタクシーなどで使用していたのですが、大口のタクシー利用がなくなってしまいます。LPガスはどこで使用されるんですかね?

まぁ、こんなニュースを見て自分たちの生活がどうなるのか、どれだけリアルにイメージできるのかが個人の差になってくるんでしょうね。残念ながら自分にはイメージがつきませんです。

2012年5月8日火曜日

イメージトレーニング

タイトルに違和感があるのですが、あなた、リンク出来てますか?の感想というか補足。

いえ、どんな業種であろうと同じという事になります。事務職であろうと営業職であろうと技術職であろうと全ての職種に当てはまります。
仕事というのは常にリンクしているもの。
常に頭が整理されていて、尚且つ、仕事の流れがリンクされていなければなりません。 逆の言い方をするとリンクされていないという事は頭が整理されていないからです。実は、気が利く人と気が利かない人の差は仕事が関連付けられているか否かの違いなんです。これは仕事をする上でのキモ!!
結局これはイメージトレーニングの差なのでは?と思ったので少しばかり。

夏季オリンピックで4連覇を達成した選手は2人しかいない。
円盤投げのアル・オーターと走り幅跳びのカール・ルイス。
特筆すべきはアル・オーター。五輪の毎に記録を伸ばしている(参考:オリンピック4連覇
アル・オーターなる選手を知ったのはロス五輪の前。新聞の連載記事だったと思う。

当時の記憶を頼りに書くと円盤投げなるマイナースポーツはスポンサーがつかず、プロとしてやっていくことなぞ到底できない純粋なるアマチュアスポーツ。練習時間もままならない。
そんな環境の中で彼がどうやってオリンピック4連覇を成し遂げ、かつ記録を伸ばしていたのか?
それはイメージトレーニング。目標を五輪に絞り、五輪以外の大会は調整というか大した記録は残していない。通勤のバスの中でも頭の中でより遠くへ投げることをイメージしていたという。

警備の仕事は傍から見ると「立っているだけ」と思われがち。
まぁ、確かにそういった人もいます(^^;  給料メチャ安いしね
でもイメージトレーニングをしている人もいます。咄嗟の時、適切な対応ができるかどうかは資質もありますが、日頃これをやっているかどうかの違いでしょう。
自分もそれなりにイメージしてますが、想定外の事例が発生することがしばしば。
結局、どれだけ想定外の事例のイメージを広げられるかがなんでしょね。



2012年5月4日金曜日

神に用いられた名もない人

教会50周年記念誌の編集作業を進めている。記念誌の記事に出てこないがアダチさんのことをに書きとめておこう。

アダチさんは数年前に天に召された。教会の開拓者アメリカ人宣教師時代に在籍されていた方である。引越しを機に教会を離れたが、6年ほど前に教会に戻られた。だから自分との接点のある教会生活は2年あったかどうかである。そのためさほど親しく接していたわけではない。
けれどここにきてやたら思い出される。

日本の教会はほんの一部を除いて教会が成り立つかどうかのギリギリの人数が大半。そのためか信徒が他の教会に移ったりすると、教会員を獲った獲られたの感情が働く。牧師であってもだ(いや牧師だからからこそかも知れないが)。同じ教団の教会に移る場合でもそれが働く。

15年ほど前に近隣に韓国人宣教師の教会が開かれた。近所ということもあり、自分のいる教会も教会の開設に協力し様々な援助をし、教会員どうしの交流も生まれた。それなりにいい関係が続いていたのだが、教会員が近所ということもあり韓国人宣教師の早天祈祷会に参加したのを機に牧師同士の関係が悪化。そのためかその教会員の方はどちらの教会に行くこともできず、今は別な教会に転籍された。

まぁ、どこの教会の牧師も他の教会から信徒を引き抜こうと考えてはいないのだが、結果としてそうなってしまうことは間々ある。「誤解」という奴なのだが、それを解くには並々ならぬエネルギーを要する。というより解こうとすればするほど、より誤解が生ずるというのが世の常。

アダチさんはそんな時に韓国人宣教師の教会にやってきた。ご主人が亡くなったのを機にこの地に戻ってきたのである。礼拝に出席し、宣教師と雑談している中でアダチさんが以前いた教会が自分のいる教会であることが判明する。なんでアダチさんが自分の教会に戻って来なかったのかというと、アメリカ人宣教師時代から日本人牧師に替わる時に教会名が変わってしまったからである。

そして韓国人宣教師の方はアダチさんをこちらの教会に戻された。

それを機に牧師と韓国人宣教師の仲が回復し、以前以上に関係が深まり今日に至っている。

アダチさんはそんな経緯を知らずに礼拝に出席し、その後天に召された。
自分が神に用いられたということを知らずに。

存在する。ただそれだけ神に用いられる。それを証しされた方でもあった。

2012年4月21日土曜日

近況。。。でもないか

blogを更新することなく4月も半ばを過ぎた。思うことがありすぎて更新できずにいた。

ひとつは年齢のこと。今年で53。
自衛官なら定年退職を迎える人がいる。教会員のご主人は定年を迎え、新天地で働いている。
自分はというと45でリストラに遭い、50まで派遣で働いていたものの行き詰まり、警備に転職。警備をやりながらDTP復帰を目指していたが、6月で53になる。

自分が年を取るなんて思いもしないまま生きてきたが、否応なしに考えさせられる。

復帰までの食いつなぎに警備の世界に入ったものの本業になりつつある。もっとも警備だけではやっていけないので最近はGSのバイトも兼ねている。

警備員をしながら新たな道を模索するのように警備はつなぎの仕事だと思う。
が、しかし、、、年齢がいってしまうと新たな道を模索しようにも。。。う~ん

3年ものブランクがあると、かりにDTPに復帰出来たとしても不安しかない。
何よりもあと何年出来るのか?

そんな中でCLさんが僕が会社を辞めることにした理由で吉田印刷所を退職されたことを知らされる。
DTPをやってる人で彼の名前を知らない人はモグリと呼んでもいいんじゃないかな。
カタコリさんがDTPを辞めて整体師になったのもショックだったが、同じくらいのショックが襲っている。

閉鎖的だった業界の情報の共有をML、掲示板、2ch、SNS、ブログ等を通して同じ会社にいるjdashさんとともに広めてきた。この恩恵には自分ばかりでなく多くの業界人が浴してきたと思う。jdashさんはセミナー、勉強会を通してお会いすることが多かったが、CLさんには雄さんのオフ会で一度だけお会いしました。

大日本スクリーンさんが「出力の手引きweb」を公開する前は、吉田印刷所さんの「DTPサポート情報」やCLさんの「むりくり」が情報源だったんだよなぁ~。


CLさんとの思い出は印刷製本SNSがあった頃、つぶやきに近い形で日記に上げたら

InDesign組版で積極的にインラインオブジェクトを使う
リガチャ

などを「むりくり」に取り上げていただきました。あの頃は(このネタを提供すればブログに書いてくれて集合知で解決できるんじゃね?)というスケベ心で日記をUPしてました ^^  喰いついてくれてありがとう! 

で、気になることは印刷・DTP業界はwebでの情報公開が売り上げに直結しないため、以前のように閉鎖的になるのではないか?ということ。その意味でも大日本スクリーンさんの「出力の手引きweb」には頑張ってもらいたい。

ダラダラと取り止めもないことを書いちまったな。


んで、最近、気づいた事。
InDesign Object Model図が理解できればオブジェクトモデルビューワを使わなくてもいいんじゃね?ということが大きな間違いであるということ。ゲロゲロゲーですw


2012年3月25日日曜日

わけわかめのオブジェクトモデル図 その1

4月からの働き口が無事見つかりましたので、再びjavascriptの写経開始。
DTP Booster035に向けての予習です。
まぁ、こちらはIllustratorなんですけどね。

随分、間が空いたんですけど、
・ガイドラインを削除する
・ヘアライン(0.04mm以下の線幅)を0.04mmにする
の2つだけは覚えてました^^ ちなみに自分が暗記していたscriptは最小限のもので
ガイドラインを削除するのは
var guideobj=app.activeDocument.guides;
for(var g=guideobj.length-1; g>=0; g--){
guideobj[g].remove();
}
0.04mm以下の線幅を0.04mmにするのは
var lineObj=app.activeDocument.graphicLines;
for(var g=0; g<lineObj.length; g++){
if(lineObj[g].strokeWeight<0.04){
lineObj[g].strokeWeight=0.04
}
}
※ちなみに0.1mmではなく0.04にしてるのはアチキのこだわり。
ゲラより太い線になっては可笑しいでしょ。


これを元にオブジェクトモデル図を帰納法的に理解していく経過メモ。
まずガイドを削除したいを例にとる。
InDesign Object Model CS-CS5.5を開き、control+Fで「ガイド」と入力。8つの候補が出てくる。《ページオブジェクト》のガイドがいかにもそれっぽい。↓【図1】


この左端の線を上にたどるとDocument[文書]にたどり着く。
だからapp.activeDocument.guidesのパスが成立すると勝手に理解。
guideがguidesと複数になるのは、そういうもんだと納得するしかない。

ところがガイドのプロパティ(オブジェクト)を見るとparentにDocumentがあるのはver.3~5まで、6以降にDocumentはない。↓【図2】
前述のscriptはCS4(ver.6)で動作しただけに、【図1】にあるようにCS以降の全バージョンに対応しているのかもしれない。

次は線幅。「線幅」と入力してもヒットしない。
「線」で入力。34の候補が現れる。
次々クリックしてみると[線の効果][線種][直線]に大まかに分けられていることに気付く。《ページオブジェクト》の直線を開き、「幅」で検索。
strokeWeight(線幅)がヒット。↓


だからapp.activeDocument.graphicLines.strokeWeightのパスが成立。
ところがこいつもプロパティ(オブジェクト)でparentを見るとわけわかめなんですよ。↓



そんなわけで写経するばかりでなく、オブジェクトモデル図を理解していこうとする初日。
先は長いですww


追記:流星さんからアドバイスをいただきました^^
@zi_chao ちなみにですがCS4でのGuidesのparentは、マスター上・レイヤーを変えて2つ用意してみましたが、どちらも同じくPageのクラスになっていました。各versionで得られるクラスが異なるので、同じプロパティでも分けて表記されているのだと思います。

カタカナ用語が苦手なりにググってみました。クラス、オブジェクト、インスタンス、メソッドについて。
こいつにプロパティや値が加わるのですが。。。自分なりのベストアンサーは
私の経験でいわせて頂くと
クラスその他の概念は概念から入ると失敗します。
私はこれで1年くらいを無為に過ごしました。

結局のところCなりJAVAなりのプログラムを実際に動かして、
あとで概念のつじつまを合わせていく方がいいようです。

なお、概念としてはデザインパターン関係の本が優れていると
多くの人が指摘しています。
今回もこの問題から逃げ、麻雀の後ヅケでいきます^^

2012年3月10日土曜日

制作会社でのカラーマネジメントの思い出

あかねさんがこだわりはほどほどに。を書かれていた。で、彼女の場合は最終印刷物(印刷機の色)をターゲットにして、その前のカンプ出力機を全部同じ(印刷機の)色で出力できるように、というコントロール。まぁこれをやるにはX-Riteといった反射濃度計で測定し、ターゲット数値とカンプ出力機の数値を補正するのだが、これは反射濃度計の精度に依存するし、それなりの設備投資が必要になってくる。

自分がX-Riteを初めて使ったのは15年くらい前。オンデマンド印刷機を運用する都合上、測定したものの全く持って当てにならなかった。。。結局、四苦八苦しながら目視で色を合わせていた。合わせたものの当時のオンデマンド印刷機の色の変化はカラープリンタの比ではない。刷っているうちに色が変わってくる(カラーマネジメントの意味ないじゃん!)。とはいえ、これがカラーマネジメントとの最初の出会いだった。

その後、制作会社に移ってカラーマネジメントをする必要がでてきた。カラープリンタのゲラを校正紙として顧客に提出するのだが、営業がクライアントに「カラープリンタと印刷の色は違いますよ」と伝えても、顧客はカラープリンタのゲラに色修正の赤字を入れてくる。本当にそう伝えているのか、こちらは分からない。まして仕事を出している製版会社の営業の方だ。

こうなると可能な限り、カラープリンタの色を印刷の色に近づけなければならない。会社にX-Riteはない。あったとしても当てにしなかっただろう。

自分がターゲットとしてたのはDIC セルリング型カラーチャート
要は10%の色は正確に10%で!ということだった。
カラーチャートをスキャンし下絵にしてIllustratorで同じものを作成→プリントして隣に置き、色を比べる。
非常~に原始的なやり方だった。

会社にあったプリンタはDocuColor1250。トーンカーブがいじれた。
まずトーンカーブをいじりCMYK各色の濃度が正確に出るように合わせる。
次にC+M、C+Y、M+Yの掛け合わせの色をチャートを出力して微調整。
最後にC+M+KのようにKの混じった色で確認。
これらの作業は仕事中はできないから休日出勤で丸一日かけて作業した。

プロファイルなるものは当時もあったが、これとて正確に色が出力されてこそ活きてくる。まずは濃度に合った色を出力させることが第一歩。

やってみれば分かると思うが、トナーの色とインクの色の違いはどうにもならない。それを近づけるためプロファイルがあったのだが、トーンカーブをいじったものはプロファイルになってしまい、プロファイルにプロファイルを適用することはできなかった(当時)。

やってるうちに分かってきたのがベタ濃度の重要性。ベタ濃度が違ってると各色濃度が合っていても掛け合わせの色が違ってくる。掛け合わせの色が違うということはベタ濃度を変更して一から作業のやり直しとなる。この時ほど反射濃度計が欲しいと思ったことはなかった。

それでもやればやっただけ返ってくるのが色合わせ。カラープリンタゲラと出力センターで出したDDCPの色の見分けがつかないほどバッチリあった時の嬉しさはいまでも覚えている。とはいえ、こだわりはほどほどに^^

2012年3月4日日曜日

マクルーハン理論と電子書籍

どうして紙にプリントアウトした方が圧倒的に間違いに気付きやすいのか - Togetter
どうしてプリントアウトした紙を見るまでこの間違いに気付かないんだろ?・・紙に出力した方が圧倒的に間違いに気付きやすいのはなぜなのか・・この問題には、ペーパレスを革命的に推進する何か重要なファクターが潜んでいるものと思われるがそれが何だかわからない。
に様々なレスが寄せられたが、最初この質問を見たとき浮かんだのが30年前にちょこっと読んだマクルーハン理論。詳細は忘れてしまったため的外れなコメントをtwitterに流してしまった。

ちなみにマクルーハンとは社会科学の3M(スリーエム)と呼ばれる人物で、マルクス、マルクーゼ、マクルーハン。マルクスもマルクーゼも読まなかったが、マクルーハンの『メディアの法則』だけは一読した記憶がある。マクルーハンを日本に紹介したのはあの竹村健一氏である。自分は竹村健一氏のフィルターを通してマクルーハンを読んだためか、(ちと無理があるな)と思い、当時は受け入れられなかったのだが、今回、matsunaga氏の
透過光と反射光の違いについては、こちらを参照→「反射光の電子ブック」という革命的に新しいメディア
を通して思い出すことができた。以下はコピペのメモ書き。



「透過光」がもたらす「距離埋没効果」

透過光による表示は、反射光の表示に比べて現前性が高く、利用者の身体とスクリーンとの間に横たわる十数センチ~数十七ンチという距離を埋めてくれる。
透過光が強い現前性をもたらすことは、マクルーハンも『メディアの法則』[★125]で指摘している。マクルーハンは、映画の観客を二分して、一方には普通の映画と同じように反射光によって、もう一方には透過光によって同じ映画を鑑賞させるというハーバート・クルーグマンの実験を取り上げている。反射光のグループの感想は、映画を物語や技術に注目して理性的に分析し、批判する傾向が優位を占めたのに対して、透過光のグループでは、好き嫌いという情緒的で、主観的な反応が優位を占めた。

 反射光の映画において観客は、スクリーンと身体との物理的な距離を保ったまま、対象としてスクリーン上を見ている。この距離が映像を対象化し、観客に分析的で批判的な見方を与える。一方、透過光のテレビでは、スクリーンを越えて到達する光に視聴者が深く差し込まれてしまうので、映像は実際のスクリーン面から離れて、観客の目や身体を擬似的なスクリーンにして現前する[★126]。このように透過光の場合、観客は対象とうまく距離をとれず、場合によっては対象と位置的に重なってしまうことが、観客に情緒的、主観的な見方を与えるといえるだろう。

 ところで、パソコンのスクリーンを眺めていても発見できない誤字脱字が、プリントアウトすると容易に見つかるという経験は、誰もが一度はあるのではないだろうか。これも「反射光と透過光」である程度説明ができる。スクリーンの透過光で文字を読んでいても見逃しがちな誤字脱字は、プリントアウトした紙の反射光で読むと、対象を分析的、批判的に捉えることができるので、より発見されやすいといえる[★127]。

電子書籍に対して否定的だった自分だが、
●電子書籍化が進む本当の理由(EJ第1341号)
を読んでから、環境問題だととらえるようになってきた。
 人口13億人だから、小学生の1学年だけでも全国で一千万人ほどもいる。就学していない子どもたちもいるから概算で小中学生は1億2千万人とされ、日本の総人口に匹敵する。これらの小中学生に教科書を、各教科ごとに与えていたら、またそれより高学年の学生生徒に紙の教科書を配っていたら、それだけでも紙資源が枯渇する。
マクルーハン理論に基づけば端末はiPadではなくkindleになる。しかし実際、中国で採用されているのはiPadのようだ。書き込みのできるPDFをkindle教科書にすれば問題は解決できるのだろうか?